柔道とは何か、汗と問答

柔道とは何か、汗と問答                           柔實会会長 二宮秀生  

昨夜、学生達を思う柔道部の先輩から電話が入った。黒木温山会東京支部長・濱田鹿屋体育大学教授を囲み、東京OB会で柔道談議に花が咲いていたようだ。今朝は『柔道とは何か』を考えてみる。『柔道とは何ぞや』と聞かれた時、『さすが、松大の柔道部』と言われるような『人づくり』ではないだろうか。町道場に通う子供たちの父兄に言いたい。『ここに通えば立派な日本人に育ちますよ。』と言いたい。町道場での『人づくり』は子供達がどれだけ指導者の薫陶を受けるかではないだろうか。鹿屋体育大学の濱田教授(松山大学昭和53年卒)は『問答』だと言っている。なかなか理解できないが禅問答の問答である。彼はフランス柔道研究の第一人者である。私の企業経営は柔道精神で貫かれている。危機に直面した時や困難に直面した時、先生や先輩たちの『あの言葉』を思い出す。『あの言葉』こそ柔道精神ではないだろうか。彼の言う『問答』を私なりに解釈してみる。

 自分流を棄ててチームのスケジュールに合わせ、仲間とトレーニングをすることも、苦しい練習をすることも、最終目的は『人づくり』だと思う。『人づくり』を考えた時、今まで忘れられていたこと・軽視されていたことが問答ではないだろうか。試合の後、日々の練習の後、必要なことが問答(訓示や対話)ではないだろうか。監督・コーチ・キャプテンは所見を述べる必要がある。厳しい所見も大いに結構、期待する言葉も良い、反省の言葉も良い、提案も良いし、質問も良い。一番いけないのが、厳しい練習で汗を流しても、総括(対話=問答)無しにで解散することだと思う。

 文化庁がコミュニケーションに関する意識調査を発表している。議論などで意見が食い違った際には「なるべく事を荒立てないで収めたい」が61%に上り、「納得がいくまで議論したい」は25%になっている。その場の雰囲気が悪くならないよう「忖度(そんたく)」して人間関係を優先しようとする傾向にあるとのことだった。柔道で勝利を目指す者にとって看過できない調査結果である。自分を引っ込めて全てを丸く収めようとする温厚な精神に問題があると思う。温厚な精神は成長を止める。強くなる為には心技体の心から始まる。強いチームをつくるには思いや願い、強い意志を表明しなければならない。

 社会生活においても対話(問答)を避けることは間違っている。自分を守る、家庭を守る、会社を守る、国家を守る、守ると言う意味で沈黙は間違っている。物事を荒立てない為に主義主張をしないと言うことは、相手に屈する方向に動いてしまう。何十年と続いてきた伝統柔道は素直に学び、素直に従い、異論は腹の中におさめた。どちらかと言えば対話(問答)無しの柔道だった。黙って励めが主流だった。それでも折々に聞いた監督や先輩の言葉は、人生を方向づける程重たく、仕事観人生観にまで及んでいる。「柔道は問答だ」と聞いた時ハッと気付いた。確かにそうだ。メジャーとなった日本柔道の転換期かもしれない。

 企業には自由がない。ルールに縛らた不自由な場所です。ガバナンスによって厳しい秩序がある。1日は部署長または次席による朝礼から始まる。仕事開始に当たり元気の確認と心構えを確認する。1日の終わりは企業と同じように部署長または次席による終礼(反省)がある。「人づくり」は「褒めたり叱ったり」の訓示(問答=対話)が不可欠である。人は指導者の薫陶によって育つ。柔道は人生を学ぶ道場だと思う。人間社会における長幼の序が徹底して仕込まれる。柔道における人づくりも企業と同じ様に朝礼・終礼が不可欠だと思う。監督がいない時はコーチ、コーチがいない時はキャプテン、キャプテンがいない時は副キャプテンによる締めの言葉が必要だと思う。企業も柔道も汗と問答による人づくりだと思う。総括の言葉の無い苦労は、仏作って魂入れず、画竜点睛を欠いていると思う。